【特集】子どものそばに、社会をひらく―スクールソーシャルワーカー・神原さんが見ている世界―
社協報4月号「ふだんのくらしのしあわせ」を支える福祉の仕事~町で働く「ふくし」のカタチ~に載せきれなかった貴重なエピソードや神原さんの熱い想いを特別公開します

【特 集】
子どものそばに、社会をひらく
―スクールソーシャルワーカー・神原さんが見ている世界―
子どもを取り巻く課題は、年々複雑になっています。
不登校、いじめ、家庭の困難、貧困――。
けれど、その一つひとつの背景には、
数字や言葉では表せない“暮らし”と“物語”があります。
その中に入り込み、子どもと社会をつなぐ仕事があります。
スクールソーシャルワーカーです。
今回は、北信教育事務所と長野市に所属し、
小布施町の小中学校でも活動する神原さんに、
その仕事と歩み、そして“人と向き合うということ”について
伺いました。

長野県教育委員会事務局北信教育事務所/長野市教育委員会
スクールソーシャルワーカー
神原 井(かんばら せい) さん
第1章 人生を変えた「現場」との出会い
「こんなに人の生活の中に入り込む仕事があるんだ、って思ったんです」
その一言に、すべてが詰まっていました。
もともと神原さんは、日本女子サッカーリーグ(L・リーグ)で
サッカーに打ち込むアスリート。
大学で心理学を専攻し、
いずれは子どもに関わる仕事に就きたいと考えてはいたものの
はじめから福祉の道を志していたわけではありません。
転機は、海外での体験でした。
サッカー時代の仲間が暮らすアメリカを訪れた際、警察のパトロールに同行し、
DV(家庭内暴力)の現場に立ち会う機会を得ました。
緊張感の張りつめた空気。現実の重さ。
そして何よりも心を揺さぶられたのは、その“あと”でした。
「逮捕して終わりじゃなくて。被害者・加害者に関わらず、その後すぐに、カウンセリングや
生活再建に向けた支援につながっていく。その流れが、すごく衝撃でした」
人の生活に踏み込み、関わり、つなげていく仕事。
その存在を初めて知った瞬間でした。
「これ、なんだろうって思って。それが“ソーシャルワーク”だって教えてもらったんです」
では、ソーシャルワークを仕事とする“ソーシャルワーカー”になるにはどうしたらいいのか?
帰国後、重度心身障害者デイサービス等で働きながら、ソーシャルワーカーの代表的資格である社会福祉士の国家資格を取得。
その後も国内だけでなく、JICAの隊員や専門家として開発途上国で活動するなど、
世界をフィールドに実践を重ねていきます。


第2章 「当たり前」が崩れるとき、見えてくるもの
「自分の常識って、本当に小さいんだなって思って」
海外での経験は、神原さんの価値観を大きく揺さぶりました。
中米・ニカラグア共和国での出来事。
「2時に集合ね」と言われて待ち続けても、誰も来ない。
ようやく現れた相手の一言。
「“雨降ってたじゃん”って言われて、何じゃそれって」
日本では通用しない感覚。
けれど、それを否定することはできなかったといいます。
「それが、その人たちにとっての当たり前なんだってハッとして」
その気づきは、今の支援の根幹にあります。
「目の前の人が見ている世界を、どれだけ想像できるか。それができないと
関係性をつくることって難しいんじゃないかな」
自分の常識や価値観が崩れる経験は、決して楽ではない。
けれど、その先にしか見えないものがあります。

第3章 「環境」に働きかけるという仕事
スクールソーシャルワーカーの役割は、
子どもを取り巻く“環境”に働きかけることです。
「子ども本人に変化を求める、というよりは、環境を整える仕事です」
家庭を含め、学校、医療、福祉、全てが子どもにとっての環境です。
それぞれが、それぞれの立場で関わっています。
だからこそ、すれ違いも生まれる。
「誰か一人が正しいわけじゃないんですよね。みんな、それぞれの事情の中で生きている」
その間に立ち、関係をつなぎ直していく。
「どう折り合いをつけていくか。そこに面白さも難しさもあります」
見えないところでも、人と人、人と組織、人と環境をつないでいく。
それが、この仕事の本質です。
第4章 正解のない世界で、問い続ける
「この支援が正しかったのかどうか、すぐには分からない。この仕事に“正解”はないから」
うまくいったように見えても、
それが本当にその人にとって良かったのかは分からない。
何年後かに、ようやく見えてくることもあります。
それでも向き合い続ける理由。
「人って、本当に面白いんですよ」
同じ状況でも、同じ反応をする人はいない。
同じ関わりでも、同じ結果にはならない。
だからこそ、向き合い続ける意味があります。
「“あ、今ちゃんと笑ったね”って相手から感じる瞬間があるんです」
表面的ではない、心が通った瞬間。
その一瞬が、何よりのやりがいだといいます。

第5章 子どもは、環境で変わる
「子どもって、本当に変わるんですよね」
その変化は、劇的なこともあれば、
ほんの小さな積み重ねであることもあります。
居場所ができる。
話を聞いてくれる人がいる。
それだけで、表情が変わる。
「こんなにいい顔をするんだ、って思うことが何度もありました」
だからこそ、“変える”ことを目的にはしない。
「“変えてあげる”なんて思っていないです」
ただ、その子が少しでも生きやすくなるように、
環境を整えていく。
「その結果として変わることがある、というだけなんです」
第6章 学校という場の中で
学校という場所は、多くの子どもにとって大切な場です。
同時に、合わない子にとっては苦しい場にもなり得ます。
「先生たちも、本当に頑張っています」
一人ひとり違う子どもたちを、
学校教育という枠組みの中で支えようとしている現場。
「でも、どうしても合わない子が出てしまう」
そのときに必要なのが、“間に入る存在”です。
「学校と家庭の間で、その子の学びをどうつないでいくか」
対立ではなく、調整。
分断ではなく、つながり。
その役割を担うのが、スクールソーシャルワーカーです。

7章 「声にならない声」を聴くということ
「子どもの声を聞くって、簡単じゃない」
話せない子。
話さない子。
話しても、うまく言葉にならない子。
その背景には、不安や遠慮、これまでの経験があります。
「だから、どうしても時間はかかります」
関係を築き、安心できる環境をつくり、
少しずつ言葉が出てくるのを待つ。
「“聞く”というより、“聞ける状態をつくる”ことが大事なんだなって」
その積み重ねの先に、ようやく見えてくるものがあります。
第8章 それでも、つながりに行く
現在、神原さんは100件近いケースを担当しています。
一つひとつに、それぞれの暮らしがあり、背景があります。
「待っているだけでは、つながれない子がいます」
だからこそ、こちらから動く。
家に行く。
外に誘う。
一緒に時間を過ごす。
「ほんの一歩でもいいから、外とつながるきっかけをつくりたい」
その一歩が、次につながることがあります。
「その可能性を、あきらめたくないなぁって」

第9章 経験が、人をつくる―「あなたにしかできない支援」がある―
「この仕事を目指すなら、とにかく“いろんな経験をしてほしい”です」
少し考えてから、神原さんはそう語りました。
知識や理論は、もちろん大切。
けれど、それだけでは足りないといいます。
「頭で理解するのと、体で感じるのは、全然違う」
例えば、寒さひとつとってもそう。
実際に体験した“冷たさ”は、言葉だけでは分かりません。
人の暮らしも同じです。
「その人がどんな環境で、どんな感覚で生きているのか。
それは、本を読んでも分からない部分がある」
だからこそ、現場で感じたこと、心が動いた経験が、
そのまま支援の“引き出し”になっていきます。
海外での経験も、日常の何気ない出来事も、すべてがつながっていく。
「一見関係ないように見えることが、ある日ふっとつながるんです」
あのとき感じた違和感。
あのとき見た光景。
あのときの「なんでだろう」という感覚。
それらは、目の前の子どもや家庭を理解するヒントに、
いつかなるかもしれません。
「この仕事って、“自分そのもの”で向き合う仕事なんですよね」
用意された正解はない。
マニュアル通りにいかないことの方が多い。
だからこそ問われるのは、
「自分が何を感じ、どう考えるか」です。
「自分の中にある経験が多いほど、柔軟に対応できると思います」
そしてもう一つ、大切にしてほしいこと。
それは、「自分の枠を壊し続けること」です。
「こうあるべき、とか、これが正しい、と決めつけてしまうと、この仕事はすごく苦しくなる」
人は一人ひとり違う。
生き方も、価値観も、正しさも違います。
「“それもありかもしれない”と思えるかどうか。そこがすごく大事」
自分の中の当たり前が崩れたとき、
新しい視点が生まれます。
「その瞬間って、ちょっと怖いけど、すごく面白いんですよ」
最後に、これからの世代への言葉として。
「チャンスがあったら、何でもやってみてほしい。やって無駄になることって、ほとんどないと思うから」
遠くへ行くことだけが経験ではありません。
身近な人との関わりも、挑戦も、すべてが積み重なっていきます。
「その積み重ねが、いつか誰かを支える力になる」
そしてその力は、
“あなたにしか持てない力”になります。

おわりに
神原さんの言葉には、一貫して“人へのまなざし”があります。
正解を押しつけるのではなく、
その人の中にあるものを見つめること。
変えるのではなく、
ともに考え続けること。
スクールソーシャルワーカーという仕事は、
制度や役割を超えた、
“人と向き合い続ける営み”なのかもしれません。

子ども一人ひとりの背景にある物語に目を向けながら、
今日もまた、“ふだんのくらしのしあわせ”を支え続ける専門職がいます。

